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大分県は
磨崖仏と温泉に代表される県として過言ではない。
戦前から戦後に農業から工業へと移行が進んだが、しかしその
代償として公害問題が社会問題化した。 新産都の拠点となっ
た市、 町に人口増加がしたかにみえたが過疎化が進み全国の
平均を上回る過疎化に拍車をかけた。 これを打破すべく県北
の「テクノポリス構想」、県南の「マリノポリス構想」、豊肥地区の「
大野川上中流域の農業開発」,久大地区の「日田・玖珠モデル安
住圏構想」と一村一品運動を推し進め今後更なる発展を期待される。
大分駅前の大友宗麟公銅像
大分駅
大分県の玄関口JR大分駅人口
約約46万人を擁する中心都市
大分市の顔である。
大分平野を中心に開けた商工
業都市でその昔戦国大名大友
氏の拠点でもあった。
JRの日豊本線、 豊肥本線、久
大本線の主要駅でもある。
ポルトガル帆船
キリシタン大名大友宗麟時代
ポルトガルとの交易が盛んで
大分に来航していたポルトガ
ルの 帆船のレプリカ。
大分市街の 中央町1の商店
街入り口に ディスプレーされて
いるモニュメ
ント。
血の池地獄
日本最古で温泉源に見られる地獄である。
煮えたぎる底部の粘土質が赤み帯び湯(湯
気)までが赤み帯びている。
まさに血の池を連想させる。
↓
豊後水道
豊予海峡に突き出た佐賀関半島の
リアス式海岸は太平洋から豊後水道に流れ込む潮流に
太古から造られた海岸美と紺碧の海と
融合していて景観が素晴らしい。日豊海岸国定公園とし
て指定されている。
←高島
(佐賀関沖合い)
関アジ・関サバ
この地、佐賀関の豊後水道に流れる黒
潮に豊富なプランクトンが含みそれを餌としているアジ・
サバが食べ肥えていて更に職業捕獲は禁止され手釣り
による捕獲のみが許されて保護され丸々とした美味しい
アジ・サバが獲れる。
価額は通常のものより少々高い様である。
湯の街、「別府温泉」
温泉群では8世紀初頭に認められている歴史あ
る温泉があり、明治に入り交通の発達につれ温
泉場の開発も進み大正時代になり「別府八湯」と
なった。
別府
には温泉群が八つあるが、それぞれの温
泉群の温泉街は湯量、が豊富で賑わっている。
観海寺温泉、鉄輪温泉、浜脇温泉、別府温泉、
堀田温泉、亀川温泉、明礬温泉、柴石温泉の
八湯である。
地獄
は知られている限りでも,次に掲げるものが
ある。 海地獄、竜巻地獄、血の池地獄、金龍地
獄、坊主地獄、白池地獄、鬼地獄などがある。
海地獄
湯の色が海の色のコバルトブル
ーに似てその名が付いた。
←
竜巻地獄
間歇泉の噴出し口の地獄で
凄い轟音と共に吹き上がる様
は竜巻が遠くから音が近ずい
て目の前で轟音を響かせるに
似てこの名が付いたものと思
われる。
熱湯温度:150度
吹き上げ湯高:50m以上
湯吹き上げ間隔:25分
←
富貴寺
開基は藤原時代718年仁聞菩薩
によると伝えられていて守り本尊
は阿弥陀如来で天台宗である。
→
真木の大堂
六郷満山65ケ寺の内最大の本山
(ほんやま)で七堂伽藍を備えた寺
だったが焼失し、現在は藤原時代
の九体仏像が残り安置されている。
→
青の洞門
青の洞門
山国川に沿って断崖がそそり立つ競秀峰の山道の鎖渡しから人馬が転落する被害が多く、旅の途中の僧、禅海が通りががり此れを
憂い安全な道を作る事を決意、槌とノミで掘りぬいたトンネル、掘るのに要した年数30年、宝暦13年(1763)に完成、長さは342m。 現在の
トンネルは明かり窓等追加工事され観光に共している。 小説 『恩讐の彼方に』 菊池寛著 大正10年に、この話を題材にて発表、この地が
有名になる
場所:大分県下毛郡本耶馬溪町青
競秀峰の裾に流れる山国川
競秀峰の途中に残る旧道跡
青の洞門入り口
洞門を掘削した禅海和尚
大分県の名瀑
原尻の滝
東洋のナイアガラの滝と称
される程スケールが大きい。
日本の滝100選に入って名
瀑である。
緒方町に流れる緒方川に
ある。
落差: 20メートル
幅 :120メートル
大分県豊後大野市
緒方町原尻
沈堕の滝
宮崎県五ヶ瀬を源流に発し熊本県阿蘇を経て大分県直入から当地大野町いたる大野川
本流にかかる名瀑。 少し下流に平田川から大野川に落ちる沈堕の滝の雌滝がある。
場所:大分県大野町
沈堕の滝(
雄滝
)
沈堕の滝(
雌滝
)
磨 崖 仏
臼杵石仏群
阿蘇噴火にて溶結擬灰がこの地にも降り注ぎ軟質の岩盤ができ、この削り易い岩盤に石仏が彫られたものと思われる。この石仏
群は古園石仏・山王山石仏・ホキ第一石仏群・ホキ第二石仏群の4群とその他から成っていて平安時代後期から鎌倉時代に
造られた様である。
総数59体の石仏が国宝の指定を受けているがこの中でも古園石仏群の中尊大日如来像はわが国の石造美術の最高傑作である。
場所:大分県臼杵市深田、中尾
臼杵磨崖仏
古園石仏・大日如来像
臼杵石仏、阿弥陀如来像
臼杵石仏群
左右に脇侍、観音菩薩と勢至菩薩の立像1対づつを
配し中尊として坐して都の藤原仏にひけをとらぬ温雅な姿をしてい
る。
岩屋寺磨崖仏
岩屋寺磨崖仏
元町磨崖仏
菅尾の石仏
元町磨崖仏の南、芸術文化短大わ
きの道を南に下った崖下にある。像
高約180pの如来坐像(推定)を中
央に,計17体の磨崖仏からなる。
平安時代後期の作と考えられるが、
風化剥落が著しく見るも無惨な状
態となっている。 しかし、向かって
右端の十一面観音立像は比較的
よく姿を残していて、彩色が残る流
麗な衣紋に往時の盛観がしのばれ
る。
大分市外の南東部のJR久大線近
くの道路に面した 通称薬師堂とい
われ、堂内に元宮磨崖仏がある。
元宮磨崖仏は三尊形の磨崖仏で、本
尊は薬師如来と伝えられている。向か
って右が多聞天立像左に不動明王立
像とセイタカ童子が刻まれている。
通称「岩権現」または「五所権現」
と言われ崇拝されている。 右から
毘沙門天、十一面観音坐像、阿弥
陀如来坐像、薬師如来坐像、 千手観音
坐像の五体が西方を向いて岩壁に彫ら
れている。平安後期の作とみられる。
場所:三重町浅瀬
犬飼磨崖仏
宮迫磨崖仏
熊野磨崖仏
大迫磨崖仏
3.8mもある座像。向かって左のセ
イタカ童子は1.72m、右のコンガラ
童子は1.7m。少し平面的であるが
堂々とした像である。立体的に彫ら
れたものでこんなに大きな不動明王
は他に無い。こういった石仏は、暗
い堂の中にあるので、ストロボを焚く
ことが多いが、カメラ一体型のストロ
ボではどうしても立体感に欠ける写
真になってしまう。そこで、光が横か
ら射す早朝に写真を撮ることになる。
この石仏は周りの雰囲気が良い。
大分県豊後大野市犬飼町
この磨崖仏は、色彩がすごい。
右端の阿弥陀如来などは 、唇
の色も鮮やかで、口紅を塗った
ような感じがしてやや違和感が
ある。彫像は立体的である
田原山(鋸山)の西側に位置する熊
野地区にある磨崖仏。 磨崖仏は高さ
8mの不動明王像と高さ6,7mの大日如
来像の2体が彫られている。
制作年代は奈良時代とも鎌倉時代
とも言われており定かでないが造形から
不動明王像が古く、頭に大仏の様なブ
ツブツ(これは羅髪という) の
大日如来像は後に彫られたものであろ
うと推定されている。
大分県豊後高田市平野
大迫磨崖仏は千歳村特産物直販
売所の近くにあります。
全国的にも珍しい石芯壁(石で尊像
=体を造り、顔や腕を粘土で、仕上
げる)という技法でつくられたこの大
日如来像は独特の雰囲気を醸し出
し幽玄な伝説の世界へ見る人を誘
います。
大分県豊後大野市千歳町大迫
県 内 名 所
宇佐神宮
内山観音
大辻公園
JR豊肥線・三重町駅々
舎
稲積水中鍾乳洞
全国に四万余ある八幡宮の総
本宮、神亀2(725)年応神天皇
御
心霊八幡大神を祭る本田の一之
御殿が創建されたのが始まりと
伝えられている。
JR宇佐駅→高田観光バス
宇佐八幡下車
豊後の国で最古の寺と云われ
有智山蓮城寺と呼ばれ広く信
仰を高め、桜や紅葉ので知られ
る名勝地。 6世紀(欽明天皇)
の時代唐の国天台山から来た
蓮城法師が開山、真名野長者
(炭焼き小五郎)が創建したと
伝えられている古刹。
JR豊肥線、三重町駅→バス
内山観音下車
大辻山山頂にある公園で園内
のアジサイ園は県でも最大級
で六月には大辻山々頂祭とア
ジサイ観賞祭りが開催される。
山頂に15世紀頃の豪族の墓
の円墳が20基以上並び、そ
の上に三、四、五、六角の石
塔が20基余り建立されてい
る。
場所:三重町井迫、上田原
豊後大野市の中心的核をなす
文化、経済の中心地地帯に位
置するJRの白亜の駅舎。三重
町人口18,190人、町花 ミツバ
ツツジ 豊後風土記にも「三重
郷」の名が記述されている。
町南部に流れる大野川流域一
帯に栄え豊後大野市の中心存
在で発展している。
稲積山(572m)の東麓に開口し
た地下河川型の洞窟に展開する
大規模な水中鍾乳洞で全国でも珍
しい。随所に青く澄む水が神秘をた
たえていて、秀麗閣、仏の里、鬼
の岩屋、示現の淵、古城等の鍾乳
石の自然芸術のファン
タジーが見られる。
三重町・大白谷、中津留
千歳町のひょうたん様
千歳町・白鹿山妙覚寺
JR豊肥線・竹田駅
JR久大線・日田駅
日田の三隈川の夜景
写真は千歳町特産物直販所
に建てられる千歳町のマスコ
ットです。昭和16年4月1日柴
原村と井田村が合併して千
歳村となり 平成17年千歳町
となる。
千歳村の東側に位置する白鹿
山(266m)の中腹にあるお寺で
約800年前に建てられたものと
思われる。 琉球から伝わって
きたと思われる石門が珍しい。
名水と城下町の豊後竹田、滝廉
太郎が青年時代に愛した岡城址
はあまりにも有名である。
日田市は県の北西部に位置し
1000m級の山々に囲まれた盆
地にあり江戸時代は天領として
町民文化が栄えた。当時の町並
みが豆田地区に残る。
連なる山岳から大小の川が流れ
込んで三隈川となり日田の市街
を縦断していて、 筑後川の上流
部でもる。
JR久大線・湯布院駅
湯布院町の街並み
由布岳
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千歳町のホームページ
緑遊創寿の郷
ちとせ
千歳町役場総務企画課のご好意
にてリンクをさせて頂いています。
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